曇りのち晴れ。風あり。朝、鉦叩に起される。大野・丸谷先生の「日本語で一番大事なもの」を読む。感情的強調の「こそ」の移り変わり、「…だけれど」「…なのに」「…ものを」の用法、「は」と「が」の違い、「は」「も」の「味」わい方。ひとくちに「も」と言っても「あれもこれも」の「も」もあれば「少しも」の「も」もある。後者は不確実性をあらわす「も」という。写真上=阪急豊中駅に近い豊中市立大池小前のボランティア花壇(きのう)
「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」の「も」は、どっちゃの「も」かな。もうどうで「も」ええ。だんだん頭がおかしなってきた。ここらでひとやすみ。「楽我記帳」(№5)に「核抑止論」を批判した豊田利幸さんの「新・核戦略批判」(岩波新書・1983年5月)のエッセンスをメモ書きする。
「戦争をなくすためには、できるだけ残虐無道でかつ大量殺戮が可能な兵器を作ることが最も実際的である」。豊田さんは、こういう声を「世界の第一線にあった何人かの物理学者から直接口頭で聞いた」。「そうなればもう戦争などは馬鹿馬鹿しくて誰もしなくなるだろう」という抑止の考えの萌芽を見たという。
その結果、核兵器開発競争は猛スピードで進んだ。1980年代には、悪魔の兵器とよばれる「トマホーク」も生んだ。地球を何回もキルできるという核兵器の存在、核戦争の恐怖と狂信が人々を震え上がらせた。写真下=吹田市千里山西6丁目の地蔵盆(きょう)
しかし、21世紀の現在、国際社会は、核兵器の廃絶を求める世論が大きく広がり多数派となった。オバマ米大統領が「核兵器のない世界」をアピールする時代や。核戦争や核兵器の使用を口にするような政治家は厳しい批判にさらされる。リオ五輪も多様性を認める平和と友好の祭典として閉幕した。人類は、悲観的なことばかりではないな。希望の灯も見えるぞ。サンキュー
核の傘も合羽に替えてリオ五輪 昇龍子

